Saturday, June 20, 2015

2巡目 第1日 05/12/2015 前編

宿泊: 越久田屋 素泊りのみ 4,200円(聞いていた4,000円より上がっていた)


前日の宿たる極楽寺の宿坊に関して、

以前から聞いていた午後5時までにチェックインは、本当にそうらしく、聞いてみてそれを確認しました。なるべく5時までに入ってくれとのことです。

ただ私が着いた時間は充分早く、まず荷物を置かせてもらって参拝に出ました。宿坊の玄関と団体客用の納経所とは隣り合わせで、個人用の納経所は山門に近いところにあるようです。

一通り参拝を済ませ、長命杉、仏足石、願掛け地蔵等をゆっくり眺めてから宿坊に戻ると、その時間団体の納経はなく、その場で若いお坊さんが納経してくれ、玄関に回ると明日立つまでの宿坊での段取りを説明してくれて、明日朝の勤行は6時からだが5時50分にこのロビーに集合で、6時半から朝食であると伝えてくれました。

私のもらった部屋は小さいですが、きれいに整えられ、茶に菓子セット、テレビまでありました。寺名入りのタオルは後日使うので、使わないままちゃっかりリュックにしまいました。


夕飯は1階の食堂で、イスとテーブルなので私みたいなまともに畳の上には座れない者にとってはありがたかったです。お遍路さんを歩きや車でまとめ、テーブルの上に名前が書かれた札がのっていました。よってそばの人とは話がよく通じました。食事の内容は宿坊ということもあり期待はできません。メインのディッシュも出す直前に作りあげたものではありません。でもバランスよく食べられれば結構。



第1日目

朝は、案の定、3時半頃に目が覚めてしまいました。で、4時半頃までウトウトと。でも昨晩は9時ころ寝たので寝不足感はなし。幸い他の部屋の音は聞こえず、こちらの音もとどかず、ゴソゴソと出発の準備を始めます。特に菅笠のあご紐と金剛杖の取っ手の部分は向こうから持ってきたロープでしっかり作りました。


朝の勤行のため言われた時間に1階のホールへ。皆さん、しっかり集まっていました。そこから長くかなり上の本堂へ。ご住職さまから経と法話をいただきましたが、15分くらいで終わり、また皆はゾロゾロと1階の食堂へ。

私は7時ころ宿坊を発ちましたが、早すぎたのか境内には外から誰も来ていません。この寺から次の3番金泉寺へは来た時のように駐車場を通って12号線には出ず、山門を出てすぐに右に行きます。霊園の中を通り林を抜けると12号から入る脇道に出られます。


この辺から古い民家が立ち並んだ撫養街道から北の生活道路となり、そこそこ歩くと、車道から右に入り遍路専用道となります。入り口には「ここから金泉寺」ともなっています。前回は完全な田んぼのあぜ道で緩かったのですが、今は石畳の板がしっかり置かれて歩きやすくなっています。


3番金泉寺でもしっかりと経を唱えます。以前の1回目区切り打ちでは般若心経だけでした。2回目の区切り打ちで宿毛から一緒になったお方が、経は皆で合わせて唱えましょうとのことで、開経偈から始まり、廻向で終わることを教わり、それ以来私もフルで唱えるようになりました。

金泉寺からそこそこ歩くと右が運河のような川の道になります。その途中の左にある廃屋がまだ壊れずに建っています。最初にこれを見たとき、なぜこんな危険な状態のまま放っておくのか不思議でしたが、5年経って、なくなった部分もありますが、まだ建っています。アメリカ、少なくともロサンジェルスではこれは許されません。土地の所有者が壊さない場合、市政府が強制的に壊し、土地所有者に費用を請求します。この町と限らず、四国のそこここで放ったらかしの廃屋を見かけます。景観のいいものではありませんね。


遍路道も高速の下をくぐってしばらく歩くと右に道がそれ、農地へ入り丘程度の山道になります。そこを進むと金泉寺の奥ノ院「愛染院」を正面の山門ではなく横から入ることになります。その手前から年配の男女グループと一緒になりました。彼らと愛染院で用意されたインスタントコーヒーやお茶のお接待を受け、二、三言葉を交わしました。皆さんほとんど遍路衣装は着ておらず、遍路道を中心にハイキングをしているそうです。この愛染院では筆でなく刷毛で書いた納経をしてくださるとか、私はあまり興味がないのでそれはパスし、山門から立ち去ろうとしたとき、確か5年前この山門には歳を取って寝っぱなしで、人の行き来には全然興味を示さない老犬がいたことを思い出しました。しかし今はその姿がなく、もう亡くなったのかなと感じました。

続く、、、

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